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アダルトチルドレンの症状をどうにかしたい話〜本を読む編7〜

qlouni3.hatenablog.com

 

感情をコントロールするとは?

いままで感情をコントロールしようとする時には、

感情を「感じない様に」「無になる」「麻痺させる」事をしていた。

悲しくても「悲しくない」

怒っていても「怒っていない」

恨んでいても「恨んでいない」

好きになった人がいても「好きじゃない」(好きになってはいけない)

それで過食にはしったり、仕事に逃げたり、うつになったりした

 

感情はありのままに自分で否定せずに受け取る。

受け取った後に、それを誰に伝えるのか、伝えないのかを判断する

伝える相手がいない場合、どのように自分をケアするのか、術を持つ

それが感情をコントロールするということ。

 

親に手紙を書いてみると良いらしい

投函はしないが、自分で、親に手紙を書いてみると、

自分の抱いていた子供の頃の感情(大人になった今でも抱いている感情に繋がっている)が分かるらしい。

 

ママへ

ママと呼ぶようにしていました。親密な存在でいられる様に。

どうして親密な存在でいかったと思う?親密でないと居心地が悪いから。

私は努力した。母親である、あなたと良好な関係を維持するために、

たくさんの我慢をしました。

 

あなたは自身の愚痴ばかり言っていました。

子供を産んだ事を後悔している事を、物心がついた時から、ずっと聞いていました。

私はずっと自分の存在を否定され続けていました。

だから、あなたに都合よく振る舞うしかないと思いました。

 

私たちは明らかに距離感を間違えていたのです。

幼稚園に通っていた頃の私は、母親であるあなたの友人ではなかったのです。

確実に上下関係があったし、子供は親からは逃げられないのです。

その状況で拘束されていたから、私は生きづらさを感じました。

 

実家を出てから、しばらくすると、いろんな人に出会いました。

そして、自分の家がおかしかった事に気づき、あなたを恨みました。

いえ、嘘ですね。本当はずっと分かっていました。自分の家がおかしい事。

 

実家から解放されて、初めて自分の感情を自覚することが出来ました。

私はあなたの事も、あなたの夫、私の父のこともよく分かりません。

理解できません。なぜ子供を作ったのか。

全く楽しくなかったでしょう。何を学んだのでしょう?

私と関わろうとしたことが一度でもあったでしょうか?

 

私の通知表を一度だって見なかったし、テストで100点を取っても

「お前は恵まれている」という態度しか取らなかった。

妬んでいた。自分の子供時代と比較して。友人ではないのに。

距離感がおかしかった。

 

なぜ、そうなってしまったのでしょう?

あなた方は、2人とも子供だったからです。

私は自分で考え、自分で人生を選び、大人になります。

あなた達とは違う。そうやって、軽蔑していました。

 

軽蔑しないと、やってられなかった。

本当は勉強せずに怒られ、ゲームをして怒られ、

子供を作って良かったと、幸せを感じて欲しかった。2人には。

 

「子供がいるから離婚できない」と自分のせいにされるのが辛かった。

子供との縁を、わずらわしいという態度にずっと晒されて、

反抗期すらなかった。反抗する物が何もなかった。

 

あなた方は、「地元の友達」程度の存在でした。

責めないつもりでしたけど、無理ですね。

 

これは、ひどいw

 

本によるテンプレートに沿って書き直す

ママへ

あなたがお腹を痛めて私を産んでくれたこと、仕事を犠牲に育児を続けたこと、18年間の養育義務を見事に完了したことに感謝します。

 

私たちは距離感を間違えていました。

上下関係がある中で、子供は親からは逃げられないのです。

その状況で、友人のような関わり方をしていました。

姑の愚痴、子育ての愚痴、育児によりキャリアを失った愚痴、嫉妬を向ける・・・

3〜4歳の子供は、親の友人としての役割を負えないのです。

 

本当は勉強せずに怒られ、ゲームをして怒られ、

普通の子供時代を送りたかった。今だってゲームをする事を躊躇してしまいます。

自分は価値提供をしなければならない、という焦燥感に追われています。

 

子供を作って良かったと、幸せを感じて欲しかった。2人には。

「子供がいるから離婚できない」と自分のせいにされるのが辛かった。

「子供との縁がわずらわしい」という態度にずっと晒されて、

反抗期すらなかった。反抗する物が与えられなかった。

私はあの頃、お二人と関わりを持ちたかったのです。

 

拒絶されて悲しんで、寂しくなって、誰も信じられなくなりました。

学校でも、自分から友達との関わりを切っていきました。

自分に価値を感じられなくなったのです。

他人にも価値を感じられなくなったのです。

 

一人で消えてしまいたかった。2009年、12歳の誕生日に遺書を書きました。

今でも誕生日になると、ナイーブになります。

 

私、父、母の3人でケーキを食べた事がありました。

でも、おめでとうとは言ってもらえなかった。

無言でケーキを食べた。お通夜のようでした。

子供を作ってしまった後悔を思い出す儀式のようでした。

事実、そう言われて育ったのですから。

興味がなかったか、あるいは、死を願われている様に感じました。

誕生日は死の儀式でした。

いつ死ぬのかは分かりませんが、事実カウントダウンをしている様な物です。

アンハッピー・バース・デイ

その時の感情は、悲しみや寂しさではなく「重み」でした

居た堪れない気持ちになりました。

 

私が2週間不登校になった時、私の心配をするのではなく、

私を責めましたよね?もう精神に異常を来していたのに。

学校では、途中までは、いじめられました。

しかし、段々いじめすらなくなりました。

ずっと上の空で、刺激には敏感になり、挙動不審だったから、

流石に怖がられたのだと思います。

 

本当は寄り添って話を聞いて欲しかったのだと思います。

学校が無理だった訳ではないのです。SOSに気づいて欲しかった。

もう限界だと知って欲しかった。

 

それでも、見放した。

そこからは、私は親を他人と見做す事にしました。

そして軽蔑して、自分で自立して生きていく決心をしました。

13歳の頃です。

怒りがあります。

本当に辛い時に冷たくされた。心配してもらえなかった。

 

表面上はニコニコしていました。

自分に一番有利な様に付き合うために。

13歳から24歳になるまで、私は人を頼ることが出来ませんでした。

全員利用して、自分は自分の幸せを掴む。

それだけを糧に生きていました。

 

しかし、一定認められて、

それでも、満たされないことに気づきました。

本当は、あの時、両親のどちらかに

何があったのか、どうしたのか、

聞いてもらう必要があったのです。

 

恨みもあります。

しかし、あなた方の生きて来た人生の中で、

自分ではどうしようもない障害があって、

社会の歪みが現れただけとも考える事もできます。

我々の家庭に、皺寄せが来ただけなのです。

 

もう私も大人です。自分の面倒は自分で見れる様になります。

さようなら。冷たかった人たち。

 

より、ひどくなったw

まあ、もういいや・・・

 

ここから、自分の「ニーズ」を抽出せよという課題がある。

 

・逃げられない人間関係にストレスがあった

→距離感を測るのが苦手

 

・子供を作って良かったと、幸せを感じて欲しかった。

・肯定されたかった

・否定されたくなかった

・本当は自由にゲームがやりたかった

・価値提供をしなければならない、という焦燥感に追われるのがしんどい

→ゲームに罪悪感があって、集中できない

 

・両親と関わりを持ちたかったのに拒絶された。

・自分に価値を感じられなくなった

・他人にも価値を感じられなくなった

・おめでとうと言って欲しかった。

・自分に興味を持ってほしかった(死を願われている方がまし)

→未だに、人間関係が苦手

 

・居た堪れない気持ちが辛かった

→一人になりたくなる

 

・本当に辛い時に、責めるのではなく、私の心配をして欲しかった

・寄り添って話を聞いて欲しかった

・SOSに気づいて欲しかった。(自分で言えなかった)

→頑張っても満たされない

→辛い時に弱音を吐くのが苦手

→自信がなくなり、不安になる(逃げたくなる)

 

感情の健康・他人との境界

 

本にある感情が不健康になっていた事を書き出す

※子供の頃

 

【情緒の境界が侵された状態】

・こう感じるべきだと言われる

 「褒められて喜んではいけない」

 

・激しい怒りをぶつけられる

 食事に失敗すると濡れふきんで叩かれる。

 自分の問題を子供がいるせいにされる

 

・軽視される

 子供にお金を使ってもらえない

 塾に行かせたりしない

 関心を向けられない

 

【スピリチュアルな境界が侵された状態】

・自分を曲げて他人に迎合させられる

 必要な物を言い出せない

 

【人間関係の境界が侵された状態】

・他人の要求に応じなければならない

 自分の価値がないので、需要にはなるべく応えようとする

 

【知的な境界が侵された状態】

・情報を与えられない

 権利について教えられない

 自分で親のパソコンを勝手に使って何とかしていた

 

【身体な境界が侵された状態】

・撫でてもらえない

・勉強するときに一人にしてもらえない

 

今はどうか

 

【情緒の境界が侵された状態】

・こう感じるべきだと言われる

 「褒められて喜んではいけない」

→自分に命じてしまう

 

・激しい怒りをぶつけられる

 食事に失敗すると濡れふきんで叩かれる。

 自分の問題を子供がいるせいにされる

→そんなことはない

 

・軽視される

 子供にお金を使ってもらえない

 塾に行かせたりしない

 関心を向けられない

→そんなことはない

 

【スピリチュアルな境界が侵された状態】

・自分を曲げて他人に迎合させられる

 必要な物を言い出せない

→そんなことはない

 

【人間関係の境界が侵された状態】

・他人の要求に応じなければならない

 自分の価値がないので、需要にはなるべく応えようとする

→仕事ではややその傾向がある

 

【知的な境界が侵された状態】

・情報を与えられない

 権利について教えられない

 自分で親のパソコンを勝手に使って何とかしていた

→そんなことはない

 

【身体な境界が侵された状態】

・撫でてもらえない

・勉強するときに一人にしてもらえない

→そんなことはない

 

 

境界を育てる:自分が身体的・心理的に心地よく感じるエリアを発見する。

好き嫌いを発見すること。

自分がどんな人間で、周囲とどんな関係を作りたいのかが明確になる

 

・承認欲求

・怒りへの恐れ

が境界を作る際の障壁になる。

 

 

ここまでの内容を身につけられると、

周囲に反応して生きるのではなく、自分の信念と行動に基づいて決定されする

ようになれる。

 

らしい

 

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追記

親は、自分に口先では子供が大事だと言っていたが、

塾に行かせずに自分の体にメスを入れることに必死だったし、

子供の意思とは関係なく習い事に通わせた。

子供ながらに、親密さではないと思った。

 

イオンに一緒に買い物に行ったり、手術で入院した時は見舞いに行った。

それは扶養されている身なので、最低限の礼儀だとおもったし、

外部に問題がバレることを恐れていた。